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氷のレリーフと朝もや

2018/02/19 Mon



も明けやらぬ早朝に

クルマを出そうと乗り込んだら、

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フロントガラスが綺麗な模様に凍ってました。

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まるでガラスのレリーフ細工のようですな。

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レリーフ氷を融かして車を出します。
しばらくして、夜が明けてきました。

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山形自動車道の高架の向こうがもやってます。

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もやり具合が美しい冬の朝でんな〜。

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シャクシャクしたシャーベット状の雪。

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キリッと冷え込んだ空の上には、

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ほんのり月がのぞいています。

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ようやく陽が昇ってきました。

IMG_1038q.jpg

まだまだ寒い日が続いてますが、
日差しの明るさに春を感じました。

IMG_1031q.jpg

おしまい。


ク ス っ て 笑 え る グ ラ フ ィ テ ィ ー

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あんな高級車やこんな高級車も、

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寒さにゃ勝てませんな〜


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コメント

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No title

ひとつめはジャガーとみた^^

シャキーンと凍った上に
空気中の氷がつくのかなー?
どこから来るんだろうー?

濡れた手で触ったら、ひっついて離れなさそうで。。。

れおんさんへ

> ひとつめはジャガーとみた^^

日本語だと「豹」だけだけど、
英語だとjaguar-panther-reopardと数が多くて、ややこしいね。
氷の豹はヒョウヒョウかな?

> シャキーンと凍った上に
> 空気中の氷がつくのかなー?
> どこから来るんだろうー?
>
> 濡れた手で触ったら、ひっついて離れなさそうで。。。

これ、樹氷と同じ現象だと思うんですわ。
過冷却の水滴から成る霧が原因だとか。
脆い氷なんで、すぐ崩れるそうですよ。(^_^;)

おはようございます!

キリっとシャインとした、山形のサブい朝!

ありがとさまです!

朝日はやっぱりイイ!

No title

北欧ガラスの美しさ、そのままですね。
山形グラスも来るんだけど デザインが幼稚で 技量がそこまで出なくて。
あとちょっとなのに、、
値段は 一流だったww

しかし 雪の景色 うつくし~~。
家からお皿持ってこようかしら?

ダリルジョンさんへ

夜間〜早朝はマダマダ寒いですが、
日中は暖かな陽射しが差すようになりました。

春はもうすぐかな。

hippoponさんへ

山形はガラスよりも木工ですね。
あとは鉄器が少し。

雪国の生活は苦労が多いのですが、
雪景色の美しさで報われるところはありますね。(^^)

No title

鉄器は蓋置で作ってもらいました。長谷川さん
また高橋敬典の古い釜
他の人の花器もあったとおもいます。

hippoponさんへ

茶道具には詳しくないのですが、
松永久秀が自爆で道連れにしたと云われる「平蜘蛛の茶釜」
実物を見てみたいです。(^^)

No title

信長と利休、また秀吉の茶の価値観は別だと思った方がいいです。
利休後の千家の茶もまた違う。
信長の茶は 魔力があったと思いますよ。

hippoponさんへ

茶の湯って、総合芸術なんでしょうね。

懐石料理、和風建築、日本庭園…等々
茶の湯の功績はたくさんあると思うんです。

室町時代後期から
江戸時代初期にかけて、
お茶を巡り、綺羅 星の如き
日本文化のスーパースターが数多く登場しました。

千利休の系譜につながる古田織部や小堀遠州。
どれも癖のある人物で、日本史の面白さを表してますね。(^^)

No title

茶の湯を芸術としちゃったのは戦後。
つまりね 価値のないものに 箔をつけたのよ。
東大の学者が手を貸して。
茶の湯は芸術 いつから??

お城のいるぶしなら 子供の時に湯漬けの量もしり
茶の飲み方も知ってた。
権威がないから大騒動で、結局女子供 しかも東京では最下層の人が多かった。
高卒、それ以下の嫁入りの箔付でもうかったらしい。
儲かった、、でも、ばかばかしいので、みんなやらなくなった。
茶の神髄は 信長のやろうとしたことだとおもうけど。
だからいらないんでしょ。
演習にやらせて、箱書きに落書きするからいえやすはこまった。
公家諸法度や 鎖国が完成して 儀式に重きはなくなったんでしょ。
50年先の大学の論文卒論は私のロンが主流なはず。
今のところいえないんだとおもうけど、
今大ウソで塗り固めたことやってる連中は後の世でいい笑いものであり
学者としてはくそよ。
お金に流れて 真理を曲げて。

其処等はお坊さんももう半世紀前に本にしてる。
でも大伯父は臨済の偉い坊主である家元とやったそうだけど
それが一番楽しい時間だったそうよ。
それは私のお茶もそうで清談をかわせるから。

女子供、最下層に流れたら、文化でなくなるのよ。
遊びよりきたならしい。
文化は髪に捧げるようなものを愛でる。

お金も文化も下に流れる。
ケジボンさんも嫌っていうほどけいけんしてるとおもうわ。
京都の久下は物を買わない、イワシの頭でご飯食べる
そして権威は離さない。

私も、うんざりで、貧乏しても混じりたくない。とおもったりしてるの。
必要がないもの。

hippoponさんへ

 戦後に茶の湯を定義付けしたのは京大の先生みたいですね。
 ウィキペディアによると[1947年、京都大学の久松真一は
 茶道を「喫茶を契機として創造せられた、芸術、道徳、哲学、宗教など
 文化のあらゆる部面を含んだ総合文化体系である」とする言説を唱えた。
 裏千家をはじめとする茶道界はこの言説を取り入れ、
 日本固有の文化の保存という存在意義を茶道に浸透させていった]とあります。
 
 歴史的な流れを見ると、茶の湯は色んな分野に影響を与えたと思います。
 そのバックボーンには禅宗の思想が大きくかかわってます。
 茶も禅もその時代の最先端の流行モノでしょう。

 昔の人は現代人ほどカフェインを摂る機会が少なく、
 耐性があまりなかったと推測できます。
 だからよりハイになってた。
 茶会は今でいうドラッグやりながらの
 レイブパーティーだったのかもしれません。
 
 信長の時代の茶の湯と現代とではその存在価値が変わってきてます。
 だから現代人の我々はあの時代のワクワク感を想像するしかない。
 信長から秀吉までは本当に茶を楽しんでたんだろうな〜って。
 家康は禁欲的だから楽しめなかった感じがしますね。

No title

千家なんかよりも前からいたんだとおもうけど
そういう大名や、側近 一族 客人が 何を陰謀してたか?
茶室は密室よ。
戦いの話をとおくにしただろうか?
否でしょうね。
誰の指令や、考えを伝えてもらったのか?とおもうけど。
下々と口をきいてはならなかった時代がある。
一族を生かすも殺すも情報が大事な時代だったことも。

信長のそれはまた別な事にも気が付いたの。
利休の茶は 奥のことは利休にというのと同じで
役割が別だった。命令違反があったので当然殺したんでしょ。

茶は方便でしょ。
武士は ご政道と一族の命。猿楽が講義での礼儀ならやるし
茶の飲み方もするという事よ。
本当は兵法が一番大事なんじゃない。
そして国造り 農業 興業。
私、本間さんに比べたら、 加藤紘一なんて政争しちゃった。
もっと、強欲に山形に企業誘致すべきだったのに。
殿様だったら、おこるわよ。
駒としても使えなくなっちゃって。

そういうレベルの規模がお茶だった。
もうお茶は必要なくなったのよ。
ゴルフもあまり意味がない様に。

ただ私の茶室はそこそこ行けてたと思うんだけど
もういいの。

バカっこばかりだへで、本間が手放した土地の後の
農地で暮らしてても知らないってうおっさんなんかに
からかわれたくもない。
彼の頭の中は農協の小さなぷらみっどだけがすべてなのよ。
政治に口出ししないだけ賢いけど。

国家をいかにするか?若者が頭脳全開で座る。
家老の家は上げてもらえなかったろうし、礼節の出来ないものを入れるわけにもいかない。
刀もって、論語叩き込まれて、兵学も、大阪の相場も
江戸の情勢も、また海外も、知ってたのがおしろのなか。
口は堅く、しゃべる奴はころす。でしょ。

お爺さんたちは相当大変だったと思うわ。
こんな頭悪くて相場乗り越えられなくて。私、失格よ。

お茶の和と、お茶の殺気が好きだったけど。
今や下品なおばちゃんのおちゃのみだもん。

古都巡礼の和辻も文化論でおかしくした一人ね。
まあ若い学者がぶすぶすと火の手あげてるようだから今後長生きしたら
いい論文読めるかも。
インチキに引っかかったばあちゃんたちがいけないのよ。
粗相できない場所で着物着てがなくて
ただファッションだもの。育ちにやったことがないんだわ。
おっかしな人ばかりに出会った。
それでね、角館の茶は全国大会に毎回出てるような方が
すばらしかったって、
あそこはもののふは活きてるのかもね。
東京は元山谷地区の出の先生がはぶりだった、弟子もそう。
違和感があって不思議だったわよ。
基本的なことがまったくおかしい。
私に毒饅頭食べさせた女もそうだった。
平気なんだもんね。

だから出自は大事にと思うようになった。
ちゃんとしてる人は未だにではいいんだもん。
それは長い祖先の暮らしやルールだもの
差別でなくて能力値だったり 理解力だったりのもんだい。とおもった。


キンケイの安岡なんかが茶をやったらよかったのよ。
今は千円を積みあげるゲームの超やりてになりたい。


hippoponさんへ

酒井家所有の額字「潮音堂」
三千両で小堀遠州から譲り受けたそうですが、
今の価値だと幾らになるんでしょうね。(^_^;)

http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/47301

No title

遠州は しょうもないことばかりして お目玉くたっらでしょ。
政治的に対価に見合う茶道具で、
今も値段がないものが高価な値段で取引されてるのでは?
その価値があるとおもいますか?
いくらお金持ちでも 雪深い山形の民をおもったら、
そう!なにかバーターな価値があった?

お話がまだありそうですね。
夢窓疎石の文字でにたようなのが、、違ったかしら?
相場終了したら本ひっくり返してみるわね。

hippoponさんへ

小堀遠州がどうやって
あの額書を手に入れたのか知らないけど、
他にも茶道具を転売してたのかなあ。

千利休は元々堺の商人ですし、
小堀の出身は、やり手の近江商人で有名な土地。

田舎侍だまして儲けてたのかもしれませんね。
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