老舗のルーツ

2015/07/04 Sat

から続いている、いわゆる「老舗(しにせ)」には、
都道府県名じゃなくて、旧国名が付いてるものが多いようです。

例えば、こんな下町の天ぷら屋さん。
h76.jpg
東京都 台東区 伊勢屋

伊勢は今でいう三重県なんですが、
伊勢屋を名乗る店は全国にあります。

20060628_207020.jpg
長野県 奈良井宿 伊勢屋

旧国名が付いた店には、伊勢屋の他にも
近江の国(滋賀県)の名が付いた近江屋ってのがあります。

坂本龍馬が暗殺されたことで有名な近江屋事件。
おうみや

伊勢(三重)も近江(滋賀)も、商人で有名な土地ですね。
彼らが商機を求めて、全国に散らばったのでしょうか。

全国的といえば、御用聞きで販売する三河屋。
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三河の国は、今の愛知県東部にあたります。

三河屋さんって名は、酒や味噌、醤油、酢などの
醸造品を売る店の代名詞みたいになってますね。
20100407_0.jpg

さて、こちらも大メジャーな店名の越後屋。
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時代劇のせいで、悪いイメージついちゃった。
おぬしもわ
「越後屋、お主も悪よのう。」
「いえいえ、お代官様には及びません。」

三越百貨店も元をたどれば、
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江戸時代の大店(おおだな)越後屋呉服店でした。
P1180652.jpg

でも、越後屋を創業した三井高利(1622年 - 1694年)は、
伊勢生まれなんだよね〜
なんで屋号を伊勢屋にしなかったんだろ?

さて、鹿児島には三越なんか目じゃないくらい
地元で絶大な信頼がある百貨店があります。

山形屋(やまかたや)といいまして、
創業者は山形(出羽国)で生まれたようです。
http://www.yamakataya.co.jp/company/history
岩元源衛門(1738ー1812)

ウィキペディアによりますと、

創業は宝暦元年(1751年)。
創業者は近江商人の血を受け継ぐ
現在の山形県庄内地方の北前船商人。

デパートメントストア化は明治時代中頃、
近代的なデパート建築(清水組による施工)となったのは
大正時代初期と古く、地方百貨店の先駆け的存在であり、
神戸以西におけるデパート第1号である。

商業面積は約33,000㎡、
年間売上高は約500億円にも上り、
地方百貨店としてはトップクラスの収益力を誇っている。


とあります。
百貨店の中でも、かなりな規模の老舗みたいね。

鹿児島市の繁華街天文館に本店があり、
ルネッサンス様式の建築は、街のシンボル的存在。
gaiheki_nightimage1.jpg

一階がバスターミナルになってることもあり、
鹿児島全域から客を集めてるようです。

20100411201839.jpg

しっかし、山形屋初代の源衛門さん。
出羽(山形)から薩摩(鹿児島)まで商売しに行ったんだから、
そうとうなパイオニアだったんだね〜
japan.png
※距離にしておよそ1,600km

おしまい。


ク ス っ て 笑 え る グ ラ フ ィ テ ィ ー

20130101_amamiyakarin_06.jpg

ニセの老舗じゃ困ります。


名称未設定
くわしくはこちらまで→http://arctos2.blog133.fc2.com/

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後で気づいたんだけど、
岩元源衛門は元文3年(1638)に
生まれてるのに、山形屋の創業は
宝暦元年(1651)になってる。
13歳で創業できるもんなの?

めっちゃ早熟の天才じゃん。^^;

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コメント

Secret

13歳創業

資金はどうしたんだろう?
いくら才覚があったとしても、その歳で商売を任せてもらえるわけないよね。番頭になれるのは大概30後半なんだから。
想像すると、丁稚奉公中に勤めていた店が解散し、現物支給されたものを元手にのし上がっていった。そのスタートの歳が13かな?

あるいは早熟で、どこかの大店の未亡人と・・・

No title

ケジボンさん、こんばんは。

山形庄内と鹿児島、明治維新とも
関係がありそう、、、

それにしても、伊勢屋、渋すぎ。
吉原?どうやって行くのかな、、
浅草に尾張屋ってそば屋もありますね。

くまちゃんへ

山形屋HPの年表をよく見ると、

 1772年(安永元年)
 薩摩藩の商人招致を知り、
 鹿児島城下木屋町(のちの金生町)に
 呉服太物店を構え、山形屋と称する。

となってます。
つまり、実際に山形屋と名乗って
店舗を構えたのは、34歳。

山形屋が老舗の箔を付けたくて、
下駄をはかせたのかもしれません。

それでも、13歳にして紅花仲買と呉服太物行商を
京都や大阪でやってたというから、只者じゃないでしょう。

なにしろ、稀代の相場師を生んだ土地の出身ですから。
http://matome.naver.jp/odai/2142224585391860001

なおさんへ

> 山形庄内と鹿児島、明治維新とも
> 関係がありそう、、、

 それはおいらも少し思いました。
 明治維新の頃の山形屋が、どれだけの規模に
 なってたかにも寄るでしょうね。

> それにしても、伊勢屋、渋すぎ。
> 吉原?どうやって行くのかな、、
> 浅草に尾張屋ってそば屋もありますね。

 同じ食べ物屋でも、
 なぜだか旧国名ついた店の方が
 美味しそうな感じがするんだよな〜^^;

No title

酒田の天狗や伊勢屋さん。
本間さんのお墓はお参りに行って、株祈願してきました。
東京入谷にあります。

伊勢屋はいきませんが隣の馬屋は通ったことあります
その時、昼間ですが、吉原に迷っちゃって、恐ろしかった、、
戸口に男の人が立ってって、異様な雰囲気。
未だに恐ろしくて覚えてます。
外れについたら、神社と慰霊碑があって、
吉原の大火でなくなった方を埋葬してあった
ちっちゃな池に金魚。
一列に群れて泳いで、花魁道中?みたい、
水の中できらきら。

ここからが言いたくないけど。
それまで真っ黒黒介でないけど見えてた、(カルトみたいで、、いやんんだけど)
ちっちゃなおたふくさんたちが見えなくなったの。
ものすごくよくお祈りして帰ってきたの。
それからすっかり見たこともない。

なんか呼ばれて、お祈りしたみたいで、、
何時か書こうと思ってるの。
可哀想すぎるでしょ。
切ない、そして本当にあった哀しい現実。

そうしたらバスがあって、それに乗ってどっかまででて、
馬やは文人が書いたものなど残ってるの。
仲居がひどい。
子供に「あんたぁ~、お箸持てるの持てないの!」って怒鳴りつけてるの。
お客様の子供に、,
すざましいの、、それが気にならなければ、いい肉ですよ。

hippoponさんへ

グーグルマップ見てわかったけど、
すぐ近くに吉原があるんだね。

遊郭は男にとって歓楽街でも、
女には苦界なんだろうなあ。

そういう愛憎に塗れた場所は魔物が出やすいもの。
何か見たとしてもおかしくないでしょう。

伊勢屋の隣りは桜鍋屋なんだね。
老舗の仲居さんって、そういう人が多いよ。
店の格式高いと自分もそうだと錯覚しちゃうのかな。

昨日は

投票できませんでしたが、順調に決勝進出でしたね♪

越後屋さんとかけて
未来のロケットととく

その心は

H2、H3・・・H5

5・4・3・2・1発射~っ!
H5ロケットに火がつきました~っ!

H5や~っ(笑)

ももさんへ

> H2、H3・・・H5

 最近の子供は筆圧が弱くなって、
 通常使う鉛筆の硬さが2Bなんだそうです。
 HBは硬すぎるんだって。

 ももちゃんのロケット砲v-19はH5位の硬さかな?
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